今の社会と子供の幸せについて考えてみた

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先日、なぜ子供を生むのかを考えていました。

 

そんな今日この頃、今度のお正月に、受験を控えた高校生とか中学生のイトコたちと会うので、学業の神様のお守りをあげることを思いつきました。

でも、お守り嬉しいかな?プレッシャーにならないかな?とか少し悩んで、今の時代の子供たちはなにを考えて生きているのかなあと考えました。

子供の幸せについて、前回のことも踏まえて私なりに考えたことを書いていこうと思います。

(思いつきで書いているのでツッコミどころもあるかもしれませんwただの自己満です)

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私の中高の受験戦争の思い出

私は憧れの中高一貫の女子校があって、中学受験をしました。

そして念願の学校に合格し、るんるんで入った学校ですが、校則や勉強に厳しい学校でした。

中学生のころから大学を意識し、テストとか課題とか勉強量の多い毎日でした、、、教科書だけじゃなく参考書も多くて、重いカバンを持って満員電車に乗ってました。

中間・期末だけじゃなく小テストもたくさんあり、テストの点数が赤点だと朝早く来て再テストを受けて、合格できるまで毎朝早く行くっていうのをやってました。しんどくて今でも覚えてます笑

夏期講習もたくさんあったり、それもみんな受けるので受けなかったら置いていかれるんじゃないかって受けたり、英検・漢検・数検も取るのが当たり前という風潮でした。

校則については、染髪・化粧・携帯禁止、学校の帰り道は本屋とか図書館以外寄ったらダメっていうのがありました。厳しすぎる笑

中1までは、受験で頑張って入った学校だから、入ってからもがんばろう!と一生懸命テストも検定も受けてました。

でも、中2ぐらいから、他の学校の友達と比べても、なんでこんなみんな勉強してるんだ?とわからなくなり一気にモチベーションが下がり、中3になると中高一貫なのに、他の学校を受けるという子も増えてきてました。(他の中高一貫校に比べても、そのまま高校に上がらない子の割合は多かったです)

そんな感じの学校で、有名大学への合格率を上げたい学校でした。

勉強詰めの毎日で、周りの子も優秀で、努力家の子もいて、そんな中で特に目標もない私はなんでいやいや勉強するのか勉強するのかわからなかったんです。(努力家の子にもなんでそんなやる気出るの?とか真面目に聞いてましたw)

気の合う友達といて楽しい思い出もありますが、基本的に灰色の中高時代の思い出しかありません笑

テスト前は毎回憂鬱な毎日で、机に向かってもなんのやる気も起こらず、一夜漬けでしのいだり、早起きして直前に詰め込もうと思ったら寝過ごして全然勉強できなくて朝泣いたりw勉強嫌すぎて遅刻ばっかりしてました。そして毎日お腹もゆるめで、肌荒れがハンパなかったです。ニキビが顔を埋め尽くしていて、もう本当に暗黒期、、、。

別の高校を受ける気力もなく、高校はそのまま上がりました。が、勉強量は毎日多いので受験期になっても全く勉強する気が起きず。

6年間縛られた反動で「遊びたい!!!!自由になりたい!!」という思いしかありませんでした。

とにかく大学で失った青春時代を取り戻したいという動機で、でも受験戦争の学校だったのでどうにかそこそこの大学にも行きたいと考えた結果、指定校推薦でなんとか受かりました。(みんな早慶以上の一般受験が目標で、指定校受ける人もそもそも少なかった)

そして大学では失った青春を取り戻すように遊びましたw

狭い社会から抜け出してもいい

そんな中高時代を経て今思うのは、そんなに嫌なら早くその学校をやめて違う学校に行けばよかったなと思います。

しかし、当時はその学校の風潮が自分の世界で、受験のために勉強たくさんしなきゃとか、今この学校をやめたらいい大学に行けないかもしれない、、、という背徳感がありました。

今思えばすっごく狭い世界なんですけどね。

ストレスで体調も悪くて肌もかわいそうなぐらい荒れていて、毎日が楽しくないならそんな世界から抜け出してしまえばいいんです。しかし当時のその世界しか知らない私には、そのいい大学に行かないといけないという価値観が全てでした。

私立の学校に行かせてくれた両親に感謝もしているし、そのおかげで指定校受けられたことも感謝していますが、大人になって、他の世界も見れるようになって初めて、もっと選択して良かったんだなあと思います。

ただ、そう思うようになれたのは、大学・社会人になって環境が変わったことや、意識的にいろんな価値観を知ろうとしてきたからかなと思います。

もし、そのまま社会とか世間の価値観そのままで生きていたら、苦しくて仕方ないだろうなと。

でも、現代の大人の何割の人がそういう社会の価値観じゃなく、自分の価値観で生きれてるでしょうか。

そして、その大人が子供に本当に自分らしく生きれるように教えてあげられるでしょうか。

 

大人の価値観が子供の価値観をつくる

中学生の時に友達が、「学校は社会の縮図なんだよ〜」と言っていて、はっとしました。

この社会が大人になるまでずっと続くのか、、しんど、、、って思ったのを今でも覚えています。

10代の大人から守られていてのびのびしていい時に、何暗いこと話してるんだって感じですが笑

でもそれって、テレビのニュースとか、周りから見えてくる将来がそう思わせるからなんだと思います。

10代は新しいことにどんどんチャレンジして、楽しく生きていいのに、そんな将来の不安とか子供に感じて欲しくない。だから、周りが不安を煽るんじゃなくて、自分らしく生きれるようなアドバイスとか、指針を見せてあげるべきだと思うんです。

ただ、そういう不安の中で生きてきたり、どうしても自由にできなかった時代の大人は、同じように子供に対して勉強はしないといけないだとか、頭ごなしに否定するようなことを言ってしまうのではないでしょうか。

自分の子供には幸せになってほしい。でもこの社会はなに?

誰しも自分の子供には幸せになってほしいと思うはずです。

だから、いい大学に入って、安定した就職先について、幸せな家庭を築いてほしいと思います。

でもそれが逆に強迫観念として不安を煽っていたら?子供の自分らしさを否定していることになっていたら?

どういう大人になるでしょうか。

不安の中にいたら、自分が良ければいいというような、余裕のない大人になってしまうと思います。

不安ばかり煽るニュースは、そういう人たちをたくさん生み出したいんでしょうか。

 

余談ですが、私が子供の時のショックだった話です。↓

私が子供の頃、まだ補助なしの自転車に乗れるようになったばかりで、友達の家に行く時に転んで前歯を折ってしまい、口も切って血を流してしまいました。もちろん痛くて号泣して立ち上がれずにいました。

割と人通りのある道路だったんですが、その時通りすぎるサラリーマンも、後ろに子供をのせている主婦も、かわいそうな目で倒れている私を見るだけで、見て見ぬふりをして通りすぎて行きました。

だれも助けてくれなくて、でも痛くてどうしていいかわからなかった私を助けてくれたのは、近くにある学校の中学生のお姉さんでした。

学校の職員室まで連れて行ってくれて、そこから私の親に連絡を入れてくれました。

今でもその助けてくれなかった大人の顔と、自分の絶望感を覚えています。

そんな子供が泣いて血を流しているのに助けない大人、おかしいと思いませんか?自分の仕事とか、次の予定とかの方が大事なんでしょうか。

そんなことを感じながら、大人になりました。

今でも、そう思うことがたくさんあります。

私はそうなりたくないと思って、意識的に道を聞かれても優しくしたり、困っている人がいたら助けようと思っています。(昨日も横断歩道で道を聞いてるおじさんを無視してる人がいた)

きっとそんな社会で育つ子供は悲しい思いをするだろうし、そんな大人ばっかりの社会になってほしくないから。

そんな社会で絶望して、将来を悲観してほしくないし、子供たちが自分らしく生きれるようになってほしいと思います。

正直、そんな無視して過ぎていく子供に育てられた子はどんな大人になるんだろうと思います。

でも今の時代に生まれて良かったと思う

ちょっと暗くなってしまう話を書きましたが、それでも、この時代に生まれてきてよかったなと思います。

今は、会社員だけじゃなくて、他の自分らしい生き方をしている人がたくさんいるから。

昔のように、親の仕事を継がないといけないとか、家を離れられないとか、そういうことも少なく、自由に生きられるようになってきていると思うからです。

だから、あとは個人の考え方の問題だと思います。

社会の価値観にとらわれず、自分らしく生きれる人が増えて、よりよい社会になっていくというのは、理想論でしょうか。

私はそういう人がたくさん増えて、子供たちも生きやすい世界になってほしいと思います。

 

 

おまけ

私が読んでより好きになった野田さんのことば↓

RADWIMPS野田さん「こんな狂った世界、苦しいのは自然」「一生は続かない」…STOP自殺 #しんどい君へ : インタビュー : STOP自殺 #しんどい君へ : 教育 : 教育・受験・就活
 若者の自殺が増える傾向にある夏休み明けを前に、悩み、傷つき、苦しんだ著名人たちが、しんどい思いを抱える「君」へメッセージを送る。  映画「天気の子」の主題歌などを手がけるRADWIMPSの野田洋次郎さんは、10代の頃、

 

 

 

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